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東京大学で博士号という選択

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人生100年時代】

我々は何を武器にして乱世を生き抜くのか。

AIにも勝り
そこらにいる人にも勝るものの1つに

博士号』があります。


博士号は資格でも仕事でもなく
ただの『称号』としての位置付けになります。

『博士号』を取得するためには
大学卒業後
→大学院進学(修士号2年)
→博士課程進学(博士号約3年)
を修了し、初めて授与されます。


全てストレートで進んでも
27〜8歳まで学生生活を送ることになります。
(学割の恩恵も受けられますが笑)

そこまでして
博士号を取得する価値は一体どこにあるのでしょうか。
詳しく説明していきます。

大学全入時代


今日の日本は少子化に伴い
定員に満たない大学が続出しています。

そしていずれは『大学全入時代』と呼ばれる
苦労せずに誰しもが大学に入学できる時代が到来する
とも言われています。


我々の親よりも上の世代では(1960年代生よりも上の世代)
『大学に行く』こと自体が
一つのステータスのような時代でした。

それが今では
「選ばなければどこにでも入学できる」時代へと変わってきています。


つまり!
他者と差別化しなければ
大学卒業している人は街中にごまんと溢れ、
その集団にいるあなたは
One of them (集団のうちの1人)
となり企業も世間もあなたを見つけてくれません!!

野菜に例えると、
外国産の輸入野菜」と「国産の有機野菜」。

あなたが選択者であるとしたらどちらを選びますか??

博士号という選択


他者と差別化を図るためには
・国家資格取得(医師・弁護士等)
・留学する(外国語の習得)
・一芸に秀でる等の方法があります。
上記に加え
・博士号の取得
も差別化の大きな後ろ盾となります。

博士号は「Ph.D.」と表記されます。
「Doctor of Philosophy 」
のことで
直訳すると「哲学博士」となります。

このとき「哲学」は『高等な学問』を指しています。

一般的に博士号取得者を呼ぶとき
Dr. Kitano (北野先生)』となり
医師を指す「Dr.」と同じ呼び方になります。

表記する際は博士号
Doctor of Philosophy (Ph.D.)」に対し
医師は「Medical Doctor (M.D.)」と区別されます。




海外で絶賛されるPh.D.


Dr. Kitano と呼ばれるように
海外において博士号取得者は格別な厚遇を受けます。


M.D.でもPh.D.でもない人はMr(s). の敬称でほぼ統一されてます。

航空券など氏名と共に敬称も入力する欄があります。
「医師」もしくは「博士号取得者」は
Dr.を選択することができます。
もともとは「搭乗する医師の座席確認」の意味合いが主な目的です。

しかし「博士号取得者」もれっきとした
Dr.であるため選択してもなんの問題もありません。


さらにDr.を選択すると
座席のアップグレードが頻繁に行われる
(エアラインの好意で)という噂もよくある話です。



Ph.D. の進路選択


博士号を取得した人材の多くは
そのまま研究職へと進みます。

研究職と言っても一様でなく


・大学の教員
・国公立の研究所(例えば国立感染症研究所)
・企業の研究職


といった幅広く選択肢があります。

加えて博士号まで進学すると
研究室のOBや
大学のOBから
メーカー研究職へと
ヘッドハンティングされることも多々あります。


近年では外資系企業(コンサルティングファームや金融等)が
Ph.D. 取得者のリクルートに
力を入れているといった現状があります。




Ph.D. を欲しがる外資系企業


先述したとおりPh.D. 取得者は
海外の人たちへの『ウケ』は最強です。


・航空券のアップグレード
・ホテルのアップグレード
・その他接する人の厚遇



これらはまだ『ウケ』の一部なのかもしれません。


実際に外資系企業は
Ph.D. 取得者をこぞって狙います。



Ph.D.取得するためには
学術論文を執筆しなければなりません。

論文とは
小論文や感想文の最上位互換ともいえ
あるテーマの科学的根拠(エビデンス)
世界に向けて公表するためのツールです。


論文の効力は
ジャーナリストや政治家、高名な先生の発言よりも
信頼度が高く、
論文が集積されたものが世の常識として流布します。
(例えば、タバコは肺がんのリスクを上げる、といった)


論文の構成は

【背景】
→【仮説】
→【目的】
→【方法】
→【結果】
→【考察】
→【限界】
→【結論】

といったストーリーが必要となります。


一連の流れの中で
辻褄が合っていないと
そもそも論文としての信憑性が失われます


つまり、

Ph.D.取得者は論文を執筆するうえで
ロジカルな思考【論理的思考】を体得している
と見做されるわけです。

外資系コンサルティングファームや
金融機関といった
まさに実力主義社会の集団においては
ロジカルな思考と発言が要所要所で求められます


ご存じのとおり
外資系コンサルティングファーム金融機関は
一塊のサラリーマンといえども
年収1,000万~それ以上、
多くて〇億稼ぐサラリーマンもいます。


そのため東大生からも
非常に人気の職種の1つとなっています。



大学院への進学


大学院へは入学試験を経て進学できます。

国公立私学など大学の特徴がにじみ出る試験であるため
入念な対策が必要となります。


学部卒業したのち
大学院(修士)に入学するためには
同じ大学であっても入学試験の合格が必要です。

大学院(修士)から
同じ大学の博士課程へ進学する際は
試験を設けない大学が多いですが、
修士号と違う大学へ進学を考える場合、
入学試験が必要となります


とりわけ入学試験で
結果を大きく左右する科目は【英語】です


【英語】に関しては、
大学院生からは英語で書かれた論文から勉強し
研究を構築していく過程をたどるため、
確実に必要なスキルとなります。

そしてPh.D.を取得するためには
海外雑誌へ論文投稿が必須となります。


そのためにも【英語】力は必要不可欠となります。

大学によって英語の試験内容は異なります。

例えば東大はTOEFL
試験及び記録を使うことが許されています。

その他私大に多いのは教授陣が英語の試験を作成するケースが
よく見られます。
その分野の内容を英語で問われるので
比較的対策しやすいといえます。

一方で東大のようなTOEFLは時間をかけて
地の【英語力】を磨き上げないと
なかなかいいスコアが取れません。

こればかりは地道に力をつけるしかないと感じます。



Ph.D.のすすめ


ここまで読んでこられた方はなんとなくお気づきでしょうが、
Ph.D.の取得は生半可の努力では成し得ません


同級生が働いて、
いいお金稼いで、
遊んでいる姿をSNSで垣間見ながらも
粛々と自身の研究を推進する忍耐力が不可欠です。


同窓会に行っても
年収の部分では太刀打ちなんてできるわけもなく
肩身の狭い思いも多々します。

ましてや20代後半まで学生しているって
はた目には「早く働け」としか映りません。


こんな精神的・肉体的・経済的に苦しい思いまでして
Ph.D.を取る意味はどこにあるのか。


答えは冒頭にも述べた【人生100年時代】にあります。


あなたが100年生きると仮定してください。
現状ならば20代前半で大学を卒業し社会へ飛び出します。
およそ40年間の納税生活を終え隠居し始める年がだいたい65歳。
そこから35年間年金生活をする人が大半です。

100年という物差しで考えたとき
30歳手前まで学生として過ごし、
Ph.D.(博士号)を取得したのち社会に出たところで
おおよそ稼ぎきれる総額は大卒と変わりません。
むしろ、社会的ステータス上位に位置するPh.D.取得者のほうが
高給取りになる可能性を秘めています。

つまるところPh.D.取得者は今現在、
日本においては虐げられている形となっていますが、

可能性に満ち溢れている存在と私はとらえています。



まとめ


もし、
もう一度人生をやり直すことができたとしても
私は博士号を取得を目指す選択をきっとします。

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